
伊達市に人々が住むようになったのは、旧石器時代といわれています。奈良・平安時代には、東山道に駅家が設置され郡家が置かれました。また、平安時代末期の1189(文治5)年には、源頼朝の奥州攻めに従った常陸国の中村常陸入道念西(後の伊達氏初代朝宗)がその戦功により信夫郡・伊達郡を賜り、地頭に任ぜられ、この地方を支配することとなりました。
南北朝時代の1337(延元2)年には、南朝の北畠顕家が後醍醐天皇の皇子義良親王(後の後村上天皇)を奉じ、霊山を中心に陸奥の国府を多賀城から移し、一時的ではありましたがここに王城を築きました。
伊達氏は、鎌倉・室町時代を通じて伊達郡を拠点に奥州に勢力を広げ、1523(大永3)年に14代稙宗は陸奥国守護に任命され、奥州随一の勢力を築きました。
1548(天文17)年、独眼竜の異名で知られる17代政宗の祖父15代晴宗が、本拠地を米沢城(山形県米沢市)に移すまでの360年間、梁川城、西山城(伊達郡桑折町)に拠って信夫郡・伊達郡を治めていました。
戦国時代の末期、豊臣秀吉による奥州仕置後、伊達郡は蒲生氏郷を経て、1598(慶長3)年からは、上杉景勝の支配するところとなりましたが、徳川幕藩体制に入り明治に至るまでの約300年間は領主の交替が激しく、幕府の直轄地(天領)、大名領に分割統治されてきました。
1869(明治2)年、信夫・伊達・安達の三郡を併合して福島県が成立、その後の廃藩置県により福島(現福島市)に県庁が置かれ、現在の福島市、伊達市の発展の基礎となりました。
1671(寛文11)年頃、御城米を江戸まで運ぶために発達した阿武隈川の舟運(東廻り航路)は、江戸中期には蚕種・生糸・織物の輸送にも活用されるようになって商業の繁栄をみてきました。
伊達市においては、1889(明治22)年の「町村制」実施による合併、戦後の1953(昭和28)年の「町村合併促進法」の公布施行に伴う合併の推進によりその市域を拡大した福島市とともに、養蚕業を核に商工農林業の発達をみました。

■地域の魅力 ふるさと再発見
「伊達市政だより」最終ページに掲載した伊達市の歴史シリーズ